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謹賀新年

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# by santaro_03 | 2018-01-01 14:07 | 日々徒然

ちーちゃん15才

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# by santaro_03 | 2017-06-13 14:28 | 日々徒然

茶太郎13才

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# by santaro_03 | 2017-05-16 15:56 | 日々徒然

旅立ち

これを書いているのは2013年2月13日。
なかなか書く事ができなく、半年以上経って少し心が落ち着いたので書いてみました。
記事の日付はラムが旅立っていった日付にしてあります。

旅立ち_c0027383_107127.jpg午後3時45分飼い犬のラムが旅立って行きました。
年齢は約16才でした。
原因は癌により安楽死でした。
長い間猫や犬を飼ってきましたが、安楽死は初めてでした。

ラムはペットショップで無料で売られていたのを母と姪が見つけて引き取りうちにやってきました。
今でも初対面した時の事をハッキリと覚えています。

仕事から帰宅して玄関に入ると『犬臭い!』と思い、なんで犬の臭いがするんだ?と思いながら家に入ると猫達が何かに怯えている感じで様子がおかしく、どうした〜?とかけ声をかけながら家の中をウロウロしてみたが、誰もいなく特には変わった様子はないけどとにかく犬臭い…
しばらくすると母が帰ってきたようで玄関で何かガタガタと音がして、しばらくするとバタバタと音がしたと思ったらラムがいきなり走ってきてぼくに飛び掛かってきて、『わぁ〜なんだお前は〜!?』となったのが初対面でした。

それからラムの散歩は父と母が行ったり、時間がある時はぼくが行くようにしていました。
ぼくが散歩へ行く時は近所の公園で『待て』の練習を覚えるまで何回もおこないました。
おかげでラムは『待て』を完璧に覚えてくれたので、登山の時は助かりました。

ラムが成長すると父が登山へ一緒に連れて行くようになり、その後ぼくもラムを連れて登山へ行くようになり、秋から冬は登山、夏は川へ行くのが定番になりました。

登山がとても好きで、登山前夜支度をしていると物音でわかるようで『登山に行くの!!!』と言った感じでソワソワしながらキャンキャン鳴いて喜んでいました。
ラムでは無理な登山の時は家で留守番してもらいましたが、その時は朝から夕方までずっと『置いてかれた…』と言った感じで悲しそうに鳴いていたよと母によく言われました。
ラムは寒さに強く-10度の吹雪の中も平気で登山をしてくれ一緒に登山をしていてとても頼もしかったです。

旅立ち_c0027383_1073419.jpg夏は山間部の川へ泳ぎに行きました。
川へ棒を投げると嬉しそうに川へ飛び込み、犬掻きで一生懸命泳いで棒を咥えて岸に戻って来たり、沢歩きを一緒にやったりととにかく川遊びも大好きでした。
山間部の川なので吹く風が涼しく気持ちよく、夕暮れになり『帰るぞ!』と声をかけても嫌だぁ~!と言った感じで逃げ回ったりもしました。

そんな元気なラムでしたが2010年の夏頃から年齢のせいか少しずつ元気がなくなり、その年の秋によく登山していた山の登山口へ紅葉を見に出掛けた時ヨロヨロと歩き休憩時に眠ってしまったのには驚き、もう登山する体力はないのか…と淋しく思う事がありました。
それが一緒に山へ行ったのが最後でした。

2011年の年末頃から痴呆の症状が始まり夜中になると鳴き始めるようになってしまい、夜中に散歩するようになりました。
散歩をすれば大人しく寝てくれるようになり、この頃からラムの横で一緒に寝るようにしました。
2012年の始め頃には完全に昼と夜が逆転してしまったようで、人が寝静まる頃になると騒いで鳴くようになり家族が眠れなくなり近所迷惑にもなるので、騒ぎが始まりひどい時はクルマに乗せて寝静まる朝までドライブへ行っていました。
ドライブはだいたい夜中の1時半過ぎから朝7時くらいまでで、朝霧高原や富士五湖周辺へよくドライブへ行きました。
おかげで満点の星空を見る事ができたりもしましたが、一睡もしないで仕事をしたりしてずっと寝不足が続き一週間の総睡眠時間が7時間と言う時もあり正直大変でした。

2012年の4月下旬頃ラムのあご横辺りが腫れているのに気がつき病院へ行くと歯肉炎では?と診断されましたが、3日くらいしても腫れが治まらず再度診療してもらうと腫瘍かもしれないと言われ病理検査をして悪性の腫瘍と判明。

獣医からは三つの選択肢を言われました。

1、放射線治療を行なう
ただし当院ではできないので他の病院を紹介するが、放射線治療を行なう時は全身麻酔をしなければならなく、高齢なため全身麻酔してそのまま安楽死になる可能性が大きい。
通院などで身体の負担も大きい。

2、腫瘍の切除
腫瘍が広範囲に広がっている可能性があるためあごを切除する。
ただしこれも全身麻酔が必要なため安楽死になる可能性が大きい。
手術は当院では無理なので他病院を紹介。

3、投薬をして余生を少しでもラクに過ごさせる
痛み止めや抗生剤の投薬で少しでもラクになるように余生を過ごす。

うちに来てからずっとこの獣医にお世話になっているので最期まで先生に診て欲しいと頼み3を選び、今後どのようにラムの症状が進んでいくのか詳しく聞きました。
腫瘍が大きくなるにつれ他へ転移する可能性もあり、脳に転移すると眼球が飛び出てくる事もあると言われかなり動揺しました。
そしてある程度進行してラムの身体に負担が大きくなった時は安楽死も考えるように言われました。

6月になると腫瘍がかなり大きくなりだいぶ目立つようになった。
痴呆も症状がひどくなり、相談すると精神安定剤をすすめられ投薬したところ二日間も寝たきりになってしまい、このまま弱ってしまいそうなので安定剤はやめる事にして最期までラムに付き合う事にしました。
まだこの頃は調子が良い時は自力で歩けました。
この頃から獣医から安楽死をすすめられるようになったが、もう少し様子をみたいと言って断る。

7月、家の建て替えのため仮住まいに引越しがありました。
ラムがこんな状態の時に申し訳なかったけど、こればかりはしょうがないので新しい家にまた戻ってこれるようラムにお願いして引越し。
この頃になると自力では歩けなく、補助具を着けてほんの少し散歩や排せつをするようになった。
ご飯は自力で食べる事ができなく、ミンチ状にした流動食を改造した針の付いていない注射器に入れて口を開けて注射器でご飯を流し込んであげていた。
消毒と輸液のため二日おきに病院へ行くようになりそのたびに安楽死を言われ続けたが、食欲があるうちは…と言って安楽死を断っていた。
7月後半の頃はもう完全に寝たきりになってしまい、15kgくらいあった体重も8kgまでになっていた。

8月、腫瘍が人間の大人のこぶしほどの大きさまで大きくなり、医者から安楽死を強く言われるようになった。
腫瘍は血管を作りながら成長していくらしく、成長のスピードが速すぎて血管ができるのが追い付かないようで、皮膚が壊死してきて口の中が膿だらけになってしまい、水で口の中を定期的にきれいにした。
8月17日、病院へ行き腫瘍部分の消毒をしてもらっていると、あごに穴が開いて貫通している事が判明。
これを見た時に”もはやこれまでか…”と思い、帰宅して家族に安楽死の事を話したところ、ずっとぼくが面倒を見てきたのだからぼくが決めて良いと言ってくれた。
8月19日、朝病院へ15時頃行くので安楽死のお願いの電話をする。
電話をしたあとドライアイスと棺桶、花を買いに行く。
悲しいけど淡々とこなした。

14時頃最後の食事をさせるがほとんど食べなかった…
その後以前もらっていた精神安定剤を飲ませてラムを眠らせました。
眠らせた理由は他人(獣医)に殺される(安楽死)のなら、せめてぼくの手で意識を失くそう…と思っての事でした。
病院へ出かける前に近くに猫のユキがいた。
ユキはよくラムのそばで寝たりして仲良くしてくれていたので、眠っているラムにお別れを言いなと言うとラムのそばへ行き『ニャン』と悲しそうに鳴いた。
これにはビックリして涙がでてきてしまった。
眠っているラムをクルマに乗せて病院へ。
病院へ行く途中建築中の家へ寄り、眠っているラムを抱きかかえて『一緒に新しい家に戻れなくてごめんね…』と謝った。

病院へ行くと院長も辛そうな表情をして待っていた。
家を出る前に精神安定剤を飲ませて眠らせた事を告げ、本当に苦しまないか聞くと強烈な眠り薬を打つので一瞬だと説明を受けた。
準備が終わり院長が”いいかな?”と聞いてきたのでお願いしますと言い、
『ありがとう、よくがんばった、ずっと一緒で楽しかったよ、お父さんに散歩へ連れてってもらいなね…』
と言い、注射が打ち込まれ息をして動いていた胸があっという間に動かなくなり生涯を終え旅立っていきました。

その後院長が色々と処置をしてくれ、最後にきれいにブラッシングをしてくれた。
まだ眠っているように安らかな顔をしていて、院長が精神安定剤を飲ませた事で苦しまず眠ったまま逝ったので死後硬直に時間がかかると言っていた。

旅立ち_c0027383_109307.jpg家に戻り用意していた棺桶にラムを入れると子犬のような表情をして眠っているようで信じられないほどだった。
棺桶に入れるとすぐにクロが寄ってきてお別れの挨拶をしていた。
クロもラムと仲良くしてくれ、散歩から帰ると家の前でよく出迎えてくれラムにスリスリしてくれた。
ラムの周りに花を飾っていると他の猫達も集まってお別れの挨拶をしに来た。

信じられない事に夜になってもラムの身体は柔らかく本当に眠っているみたいだった。
ミャーちゃん、ムーニャン、カト吉の時はあっという間に身体が硬くなりビックリしたが、ラムの場合翌日になっても柔らかかった。

翌日、火葬場へ行き完全に旅立っていきました。

ラムと一緒に過ごした時間はとても楽しい時間でした。
痴呆で少々大変だったけど、今では深夜のドライブや誰もいない静まり返った本栖湖畔で見た満点の星空や満月の輝きなど良い思い出です。
寝たきりになっても排せつなどでは全然苦労しなかったです。
出たくなるとシッポで床を叩いて教えてくれるんです。
夜中にラムの横で寝ていると”パタパタパタ…”と音がするのでラムを見るとシッポを強く振って床を叩いているんです。
ラムはトイレは外でしかしなかったので、家の中やオムツをしてするのは嫌なんでしょうね。
すぐに抱きかかえて外へ行って身体を支えながら排せつを済ませました。
寝たきりの場合、排せつで身体がうんこやおしっこまみれになって大変だったりするけど、ラムの場合はほとんど手がかかりませんでした。
最後まで本当にお利口な子でした。

安楽死後、12月くらいまではもし安楽死をしていなかったらまだ生きていたかも…とずっと考えていました。
本当に安楽死をして良かったのか…
ラム自身は最後の最期までがんばりたかったのではないか…
寝たきりでもいてくれるだけで嬉しかったのに…
などとずっと思っていました。

うちに来て楽しい生涯を過ごせたのかな…
ぼくはラムが来てくれて本当に楽しかった。
ありがとう。

旅立ち_c0027383_10105630.jpg

写真をどんなにチェックしても、ラムと一緒に写した写真ってこれしかなかった…
登山時に記念に写真を撮ろうとセルフタイマーでセットして撮影。
動いてしまってちゃんと撮れてません…(泣)


最後に…
最近ペットをペットホテルなどに預けて平気で泊まりの旅行などへ行っている人を多くみかけます。
ペットは家族と言ったりしますが、自分の子供を預けて旅行など行きますか?
どうしようもない用事で預けないとならない場合ならわかるけど、自分達の娯楽の欲求を満たすために預けるってのはどうも納得いきません。
うちの場合、必ず誰かがペットと一緒に留守番をしています。
ほとんどぼくが留守番しているのですが…
そんな事で家族全員で泊まりの旅行なんてもうずっとしていません。
平気で娯楽のためペットを預ける神経がぼくには理解できないし、そんな人がペットは家族だなんて言っていたらチャンチャラおかしいですよね。
こんな人達はきっとすぐに安楽死を選択するのかな…
# by santaro_03 | 2012-08-19 15:45 | 旅立ち

まごころ/ズータンズ


# by santaro_03 | 2012-05-19 23:59